平和で穏やかな日々が、これからも続くと思っているあなた、
もしも子供さんの学級が崩壊したらどうしますか?
これは私が保護者として、経験した実話です。
その先生は、決して悪い人ではありませんでした。
多分、年の頃30代後半くらいじゃなかったでしょうか。
穏やかな男性教師で、ものの分った雰囲気の漂う上品な人でした。
息子の通う小学校に転勤で来られて、すぐに息子の担任に。
それまで、女性教師にばかり教わっていた息子は、
初の男性教師と言うことで、大変喜んでおりました。
ところが。この先生にいけないところは何もないのに、
女子達がこの先生に懐かなかった。
理由は…子供に言わせると、
「女子が、キモイ、キモイって、うるさいんよ、お母さん。」…とのこと。
よくある、高学年女子特有の、反抗期とでもいいましょうか。
小学校高学年の女子は、身体もぐっと成長して、
心も一気に女性らしく変貌するときなのでしょう、
転勤してきたばかりの30代の男性教師に対して、
ことのほか過剰に反応したらしく、
さっぱり言うことを聞かなかったらしい。
最初、男子はそうでもなかったらしいのですが、
女子の徹底抗戦の様子をみるにつけ、次第に先生に反抗するようになったらしく。
「クラスの中ぐちゃぐちゃなんよ、お母さん。」
と、息子はよく言っておりました。
具体的にどんなことが起こっているのかと聞くと。
①授業中なのに私語をする。
②授業中手紙を回す。(女子のみ)
③教科書を読む時、教科書を逆さまにもって下から読む。(器用ですね…)
④体育の時の集合指示など、全く聞かない。
⑤習字の時間に半紙に落書きをする。
などなど…。
まあ、よくあることと言えば、よくあることなんですが、
これを学級の大半の子がやっているという事実。
確かに「学級はぐちゃぐちゃ」という状態に突入しているようです。
…そうはいっても、なんだかんだで半年くらい経ったある日。
息子が興奮して言いました。
「お母さん、大変。今日、学校で先生がぶち切れたよ!!」
どうやら、大切にしているものを、女子児童に馬鹿にされたらしい。
その先生は、交換留学のような形で一年間、
海外に赴任したことがあるそうで、
その時の思い出の品を、
児童との切れた関係を結び直す意味も込めて持ってこられたらしい。
ところが、子供の方には、そんな教師の思いも、
どれだけ大切なものかもわかりませんから、手先でもてあそんだあげく、
「キモイ」の一言で片付けたとか。。。
その心ない言動に、たまらず腹を立ててしまったのでしょう。
聞くだけで切ない話です。
自分がその先生の立場だったら、きっと、同じだけ腹を立てたに違いありません。
ところが、この話は意外な方向に転がりました。
なんと、くだんの先生が、
「些細なことで腹を立ててあんまりだ」
「普段から、ちゃんと指導してくれていない」
と、保護者から突き上げを食らうことになってしまったのです。
保護者の声に突き動かされる形で、ほどなくして保護者会が開かれました。
たくさんの保護者が、夜の学級に集まり、先生と話し合うことになりました。
ずいぶん昔のことなので、私自身の記憶もさだかではないのですが、
確か、その先生以外の学校関係者はいませんでした。
学年主任も管理職もいませんでした。
その先生と、われわれ保護者20人弱といったところでしょうか。
言いたいことがある女子児童の保護者が、
怒り心頭という雰囲気で、
学級の先頭に陣取っています。
後ろの方には、われわれ傍観者のような保護者が
ひっそりと寄り添って座っていました。
何故か、スクリーンの準備がしてあって、
なにかビデオのようなものを見せられる感じでした。
会が始まって、先生が、
「自分が交換留学していたときのビデオを見てほしい。」
と言われ、他愛ない外国の風景や学校の様子が映し出されました。
時間にして30分か、もう少し長かったかもしれません。
保護者も暇じゃありませんから、
話し合いがいつになったら開かれるのか、
ビデオ見せられながら、モヤモヤ。
ようやくビデオが終わったときは、最初よりも場の雰囲気は殺伐とし、
「なんでこんなもんみせられるんや」と言う空気が充満していました。
保護者対応の場数はそれなりに踏んでいるもずくでも、
とても声の上げられる雰囲気ではありません。
文句を言いたくて来ている保護者達には、
最初のビデオが逆効果だったのは明らかで…。
そんな中、学級の現状についての話し合いが始まりました。
案の定、最前列に陣取った、一団からの、きついきつい言葉の数々。
そこまで言うか…的な、突き上げに、先生もタジタジ。
私はヒヤヒヤ。
自分がこの立場になったら、たまりません。
私は保護者として参加しているはずなのに、
目線は完全に教員目線。
最後の最後に、一人ずつ感想を述べようと言うことになりました。
私の順番も回ってきましたが、まあ、当たり障りのないことをいって、
今後ともよろしく頼む的な話でお茶を濁しました。
と、そのとき。
それまで教室の片隅で静かに話を聞いていた、
地味目なお母さんが立ち上がりました。
控えめに自分の自己紹介をした後、静かに語り出したのです。
「私は女の子の母親ですが、
先生のことを悪い教師だと思ったことはないし、
本当によくして頂いていると感謝しています。
今日の話の中には、先生がきちんと授業をしてくれないとか
私語を止めさせられないとか言う話がたくさん出ていたけれど、
それって、全て先生の責任なのでしょうか。
むしろ、自分たちの子供一人一人が
気をつけるべきことなのではないでしょうか。
自分の子供を叱りもしないで、先生にだけ責任を押しつけ、
この場で文句だけ言ったって、学級は決して良くなりません。
ここで話し合うべきなのは、
先生をどうやってサポートするかと言うことではないのでしょうか。
私たち保護者が先生と協力することが大切だという
話し合いにならないと、悲しすぎます。」
私は、自分が恥ずかしくなりました。
こんなに真剣に、ストレートに、正論を言える人がいる。
私は気づいていながら、結局その場では何一つ言えなかった。
素晴らしい保護者さんでした。
その方の言葉で、場の雰囲気は一気に変わり、
最前列に陣取っていた保護者達も立場なし…という感じに。
それまでことの成り行きをじっと黙って見守っていた、
おとなしめの保護者達が次々賛同する形で、
先生を応援して、その会は終了しました。
帰って息子に聞いてみると、
その保護者さんの娘さんはよく出来たお嬢さんらしく、
さすが娘のできが良いと、親もできが良いと、
当たり前のことに感心したものでございます。
時が経ち、中学生になって、あのお母さんを探したけれど、
もうお会いすることはありませんでした。
私学受験をして、当地でも最難関と言われるお嬢様学校へ入学されたという。
そっか…こうやって、優秀な保護者が一人、また一人と消えていくのね…
と、妙に納得した出来事でした。
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